そこには絵はがきのように色鮮やかで懐かしい日本が息づく。ただ肉筆画とはなにかが違う。そう、これは木版画だ。大正から昭和にかけて、川瀬巴水(はすい)(1883~1957)は失われゆく原風景を木版に活写した。ノスタルジックで叙情あふれる世界が、なにわの町によみがえる。
大阪歴史博物館(大阪市中央区)で開催中の特別展「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」はそのタイトルのごとく、誰もが胸に秘めたあのころへの思慕、かつてどこかで見た遠い記憶へと、見る者をいざなってくれるだろう。
浮世絵の伝統に新たな表現を取り入れて「新版画」と呼ばれた多色摺(ずり)木版画は、いわば新時代の浮世絵だった。この運動を牽引(けんいん)した巴水は、急速な近代化の波が洗う故郷・東京の街角や名所はもちろん、変貌(へんぼう)してゆく人々のふるさとや四季折々の風景を、全国を旅して作品に収めた。
薄暮のなか、家路を急ぐのは職人だろうか。「木場の夕暮」は、揺れる水面に映る町並みのシルエットが一日の終わりを静かに告げる。「馬込の月」は、青く静謐(せいひつ)な夜空に黒々とした松の巨木が枝を広げ、その合間から光を放つ満月とのコントラストが印象的だ。
夏の西日に照り輝く入道雲を…